大判例

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広島高等裁判所 昭和57年(う)16号 判決

【主文】

本件控訴を棄却する。

【判旨】

控訴趣意第二(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、「原判決は、原判示の衆議院議員総選挙における増岡博之の当選を目的とした投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬という趣旨の饗応接待であると認定した。しかし、右の各会合は増岡の後援会である博友会本郷支部を再建するための会合であつて、原判決のような趣旨のものではなく、もとより、被告人は右の趣旨を認識していなかつたものである。したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。」というのである。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、所論指摘の点を含めて原判示の事実を優に肯認することができ、当審における事実取調べの結果を加えて検討してみても右の結論を左右するに足りないが、所論にかんがみ若干補足して説明する。すなわち、右の各証拠によれば、次の事実が認められる。

一 被告人は、昭和四一年以来本郷町議会議員の地位にあり、同四二年ころから増岡博之の支持者となり、同人の後援会である博友会本郷支部の副支部長などをしていたこと、

二 本郷町における増岡の支持組織としては、前記博友会本郷支部とその下部組織として若年層からなる若鮎会とがあつたが、博友会本郷支部は、支部長の大友義貴が増岡と不和となつたため、昭和五一年ころから事実上活動を停止していたこと、

三 昭和五四年七月ころには、近く衆議院が解散され、衆議院議員総選挙が行われることが予想される状態となつていたが、当時現職の衆議院議員であつた増岡もこれに立候補する予定であつたこと、

四 増岡の秘書橋谷護と若鮎会々長岩本義弘は、同年七月ころ本郷町の各地区の世話人的立場の人々を集め、博友会本郷支部の再建について話し合うことを相談したこと、

五 岩本は、同年七月三〇日に原判示の旅館若佐家で右の会合を開くこととし、橋谷に連絡したうえ、同日夜同所に被告人を含めて一六名の世話人を集めて会合を開いたが、右の会合を始めるに当つて、岩本及び橋谷はいずれも「総選挙も近づいた。博友会の再建に協力してほしい。」旨などの挨拶をし、出席者と博友会本郷支部の再建について話し合つたが、その席で原判示第一のような酒食の饗応接待をしたこと、

六 被告人は、同日迫田正義からの連絡により右の会合に出席したが、右会場に到着したときは午後九時を過ぎており、既に会合は始まつていて、岩本、橋谷の前記挨拶は聞いていないこと、

七 前記の会合で各地区ごとに会合を開いて博友会本郷支部の再建を図るとの話し合いがなされたので、岩本と若鮎会南方支部長である迫田は、相談したうえ、同年八月五日原判示のドライブイン蔵王食堂に本郷町のうち南方地区の博友会、若鮎会の関係者、被告人を含めて八名を集めて会合を開き、その席で迫田、岩本は、博友会の会員の募集と近く行われると予想される総選挙で増岡を当選させるための努力を求める趣旨の挨拶をし、原判示第二のような酒食の饗応接待をしたこと、

八 被告人は、同日迫田からの連絡を受けて右会合に開会された時から出席し、迫田の指名により乾杯の音頭をとつたが、その際、「皆で頑張つて、今度の選挙には増岡先生を必ず当選させましよう。」などと挨拶したこと、

九 原判示第一、第二の各会合の費用は、岩本が橋谷から受け取つていた資金から賄われ、被告人ら出席者から会費を徴収するようなことはなかつたこと、

一〇 橋谷、岩本、迫田及び被告人はもとより、他の右各会合の出席者らにおいても、前記の各饗応接待の趣旨が前記の選挙における増岡への投票ないし投票取りまとめ等の選挙運動の報酬であることを認識していたこと、

以上の事実が認められ、被告入の原審及び当審公判廷における各供述、証人岩本義弘、同迫田正義、同鉄本義實、同畑田剛、同澤田長典、同末房幸治、同橋谷護、同瀬川良明、同飯田千秋、同神本正明の原審公判廷における各供述のうち右認定に反する部分は原判決挙示のその余の各証拠と対比して措信できない。

右の一ないし一〇の事実関係によれば、被告人が原判示のように前記の総選挙における増岡の当選を目的とした同人への投票とその取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬としての趣旨での酒食の各饗応接待を受けたことは否定できないところといわなければならない。

これに対し、所論は、「原判示の各会合は増岡の後援会である博友会本郷支部建直しの相談をするために開催されたもので、原判決が認定したように前記総選挙において増岡を当選させるために開かれたものではない。」という。

なるほど、原判示の各会合が当時その活動を事実上停止していた博友会本郷支部の再建のための話し合いという形式をとつて開かれたことは所論のとおりである。しかし、政治家の後援会活動はそれが特定の選挙について特定の候補者に対する投票又は投票取りまとめの依頼の趣旨でなされる場合には選挙運動に該るというべきであつて、関係証拠によれば、前にみたように、近い時期に総選挙があり、増岡がこれに立候補することが予想される状況のもとで、それまで事実上活動を停止していた博友会本郷支部の再建のための話し合いを急いだこと自体が右の総選挙における増岡の当選を目的とする選挙運動と認められるのであつて、前にみた各会合の時期、橋谷、岩本、迫田、被告人の挨拶の内容その他の右各会合の状況などの諸事情に照らすと、本件の各会合は前記総選挙において増岡を当選させるために開かれたもので、右各会合での酒食の饗応接待は、前記の投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬の趣旨のものであることが明らかであつて、所論のように正当な後援会活動であり、選挙運動にあたらないということはできないから、右の所論は採ることを得ない。

また、所論は、「被告人は当時総選挙が近いとは考えてはいなかつたもので、原判示の各会合、饗応接待が選挙運動のためであるとの認識はなかつた。」という。

しかし、関係証拠とりわけ中国新聞の抜粋の写しによれば、近く衆議院が解散され、総選挙が行われるであろうとの予想が前記各会合が開かれた当時までに広く新聞などに報道され、周知の事実となつていたことが認められ、被告人がこれを知らなかつたということは、到底考えられないことである。また、被告人が会合が始まつた時から出席し、迫田、岩本の前記のような挨拶を聞き、自らも前記のような挨拶をした原判示第二の会合はもとより、被告人が遅れて出席し、岩本、橋谷の前記の挨拶を聞くことができなかつた原判示第一の会合についても、長年の間、町議会議員の地位にあり、増岡の後援会の幹部として選挙運動に関係してきた被告人が、総選挙が近く予想される時期にそれまで事実上活動を停止していた後援会の再建のための会合を開くことが右の総選挙の選挙運動のためであり、右の各会合の席で酒食の饗応接待をすることが前述したような投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬の趣旨であることが認識できないとは、到底考えられないのである。被告人の原審及び当審公判廷における各供述中右の各認定に反する部分は措信できず、右の所論は採ることを得ない。

また、所論は、「原判示の各会合は、いずれも会合の経費は参加者の会費によつて賄う予定で開催されたもので、被告人がこれを支払わなかつたのは、若鮎会の南方支部長迫田正義から請求がないため、支払う機会がないまま経過しているうち、同人ら関係者が逮捕されるという事態が生じたため未払いのままとなつたに過ぎない。」という。しかし、関係証拠とりわけ被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、岩本義弘、橋谷護、迫田正義、鉄本義實、澤田長典、瀬川良明、飯田千秋、神本正明の検察官に対する各供述調書の謄本によれば、被告人を含めて前記各会合の関係者は、いずれも会費を徴収したり、これを支払つたりすることになると思つていなかつたことが認められ、このことは前述した各会合が開かれるに至つた経緯、趣旨、目的、右の各会合の費用は岩本が橋谷から受け取つていた資金によつて賄われ、右の各会合から総選挙まで相当期間経過しているのに出席者からの会費の徴収が全くなされていないことからも明らかである。被告人の原審及び当審公判廷における各供述、証人迫田正義、同鉄本義實、同澤田長典、同末房幸治、同瀬川良明、同飯田千秋、同神本正明の原審公判廷における各供述中右認定に反する部分は措信できない。右の所論も採ることを得ない。

(竹村壽 出嵜正清 竹重誠夫)

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